2015年 08月 18日
スピリチュアルケアの勉強室 2015年7月 |
「Walking together(共に歩むこと)」
病んでおられる方々に内面的な援助、心の援助を提供させてもらうことが臨床パストラルケアの存在意義である。そのためにまず自分の内面性を愛おしむ心をもつことが大切である。自分がもっていないものを他者に与えられないからである。「Walking together(共に歩むこと)」というFace Bookのグループのねらいは、心のケアを目指している人々の、心を活かし合う場を提供することである。援助を必要とする人に寄り添いたい方、相手にならせてもらいたい方たちの場である。援助とは相手の自立を手伝わせてもらうことである。
互いに心をいとおしむことができる場は友だち同士であってもあたりまえではない。友だち同士の中でもタブーがあるからだ。自分にとって大切なこと、まだ解決できていないことなどを、ありのままに言える場があれば内面的な成長が促がされる。余分なことは何も言わずに、教えるような態度も取らずに、真剣に聴いてくれる相手は語り手の内面性(心)を育ててくれる。
例を挙げて説明しよう。
Aさん:「患者さんは何て言葉かけされたら安心して旅立てるのだろうか」
Bさん:「考えたことのない問いなので、考えてみます」
Cさん:「患者さんは何て言葉かけされたら安心して旅立てるのだろうかと考えていた時に、逆に自分だったら何て言われたいかと考えてみました。それで、皆さんにお聞きしようと思いました。」
Cさんのこの問いかけに対して次の応答があった。
・「おつかれさま♪よく頑張ったね!」
・「ありがとうございます」
・「一緒に歩めてよかった」
・「今までありがとう」。
・「イエスが手を広げて待っているよ。『大丈夫怖くない。あなたは天へ行くんだよ』
こう言われたら希望がもてそうです。」
・「言葉をかけて貰えた時に『あ~生きてて良かった~』と思いたい。」
・「イエスに歓迎され、恩人との感謝する再会に恵まれますように」
・「私は歌が大好きなので、『グノーのアヴェマリア』を歌って頂けたら嬉しいです。」
それに対して逆に聞きたくないことば
・「「寂しい」とは言われたくないな」という応答もあった。
さらに話題は変わりました。医療従事者として現場で「涙を流す」ことの是非が話題になりました。
Dさん:「旅だたれた日一度泣いたら『ここのスタッフは泣いてくれるのよ』 と他の家族に話されていました。医療従事者も一人の人間です。善い関わりを持てたと思う患者や家族には涙もでます。普通は医療従事者は泣くなと教わるかも知れませんが・・・旅だたれた時には嬉しさも淋しさも込み上げてしまいました。共に歩む仲間は心強いです。」
Eさん:「確かに看護師になり泣いてはいけないと教わりました。今は泣いています。」
Fさん:「わたしも涙が出そうになる瞬間は多々あります。でも、それはわたしの感情であり相手の感情ではないので、中心は相手であると自分に言い聞かせ、ぐっと堪えるようにしています。相手の本当の思いは他者には理解できないことだと思うので。そう思っていても、実のところなかなかうまくいきませんが。日々感じていることを誠実に話してくださりありがとうございました。『患者さんの成長を促すイベント』については皆さんに言われるまで意識していなかったように思います。気付かせていただきありがとうございます。」
Gさん:「入院しているということだけで、点滴を受けて、検査を受けて、・・・プロでない人達にはしんどい事なんです…。短い言葉でも 涙の一粒でも真心がそのなかに感じられたら患者さんも家族も救われます…。」
Fさん:「Gさん貴重なお言葉をありがとうございます。Gさんからいただいたお言葉を胸に刻みいつも意識していたいです。膨大な仕事をただこなすのではなく、忙しくても患者さんの思いを理解するように努力していきたいです。患者さんのそばにいる時はその人だけを考えて誠実に向かい合いたいです。ありがとうございました。」
Dさん:「Fさん『家族になるな!』この言葉にドキッとしました。『成長を促すイベントであること。冷静に見守れる心を持つこと』医療従事者とは?お題からずれましたが、わたしには心に響きました。ありがとうございました!」
Jさん:「AさんBさんがそれを教えてくださいました。悩みながらもともに歩む仲間がいることが有り難いです。つまずいた時や悩んだ時は相談させてください。」
一人のメンバーの「共にいる仲間がいるのは有り難いです・・・walking togetherの仲間に感謝」のことばは、心を開いて共に歩もうとする仲間の有益さを語ってくれている。
ウァルデマール・キッペス
病んでおられる方々に内面的な援助、心の援助を提供させてもらうことが臨床パストラルケアの存在意義である。そのためにまず自分の内面性を愛おしむ心をもつことが大切である。自分がもっていないものを他者に与えられないからである。「Walking together(共に歩むこと)」というFace Bookのグループのねらいは、心のケアを目指している人々の、心を活かし合う場を提供することである。援助を必要とする人に寄り添いたい方、相手にならせてもらいたい方たちの場である。援助とは相手の自立を手伝わせてもらうことである。
互いに心をいとおしむことができる場は友だち同士であってもあたりまえではない。友だち同士の中でもタブーがあるからだ。自分にとって大切なこと、まだ解決できていないことなどを、ありのままに言える場があれば内面的な成長が促がされる。余分なことは何も言わずに、教えるような態度も取らずに、真剣に聴いてくれる相手は語り手の内面性(心)を育ててくれる。
例を挙げて説明しよう。
Aさん:「患者さんは何て言葉かけされたら安心して旅立てるのだろうか」
Bさん:「考えたことのない問いなので、考えてみます」
Cさん:「患者さんは何て言葉かけされたら安心して旅立てるのだろうかと考えていた時に、逆に自分だったら何て言われたいかと考えてみました。それで、皆さんにお聞きしようと思いました。」
Cさんのこの問いかけに対して次の応答があった。
・「おつかれさま♪よく頑張ったね!」
・「ありがとうございます」
・「一緒に歩めてよかった」
・「今までありがとう」。
・「イエスが手を広げて待っているよ。『大丈夫怖くない。あなたは天へ行くんだよ』
こう言われたら希望がもてそうです。」
・「言葉をかけて貰えた時に『あ~生きてて良かった~』と思いたい。」
・「イエスに歓迎され、恩人との感謝する再会に恵まれますように」
・「私は歌が大好きなので、『グノーのアヴェマリア』を歌って頂けたら嬉しいです。」
それに対して逆に聞きたくないことば
・「「寂しい」とは言われたくないな」という応答もあった。
さらに話題は変わりました。医療従事者として現場で「涙を流す」ことの是非が話題になりました。
Dさん:「旅だたれた日一度泣いたら『ここのスタッフは泣いてくれるのよ』 と他の家族に話されていました。医療従事者も一人の人間です。善い関わりを持てたと思う患者や家族には涙もでます。普通は医療従事者は泣くなと教わるかも知れませんが・・・旅だたれた時には嬉しさも淋しさも込み上げてしまいました。共に歩む仲間は心強いです。」
Eさん:「確かに看護師になり泣いてはいけないと教わりました。今は泣いています。」
Fさん:「わたしも涙が出そうになる瞬間は多々あります。でも、それはわたしの感情であり相手の感情ではないので、中心は相手であると自分に言い聞かせ、ぐっと堪えるようにしています。相手の本当の思いは他者には理解できないことだと思うので。そう思っていても、実のところなかなかうまくいきませんが。日々感じていることを誠実に話してくださりありがとうございました。『患者さんの成長を促すイベント』については皆さんに言われるまで意識していなかったように思います。気付かせていただきありがとうございます。」
Gさん:「入院しているということだけで、点滴を受けて、検査を受けて、・・・プロでない人達にはしんどい事なんです…。短い言葉でも 涙の一粒でも真心がそのなかに感じられたら患者さんも家族も救われます…。」
Fさん:「Gさん貴重なお言葉をありがとうございます。Gさんからいただいたお言葉を胸に刻みいつも意識していたいです。膨大な仕事をただこなすのではなく、忙しくても患者さんの思いを理解するように努力していきたいです。患者さんのそばにいる時はその人だけを考えて誠実に向かい合いたいです。ありがとうございました。」
Dさん:「Fさん『家族になるな!』この言葉にドキッとしました。『成長を促すイベントであること。冷静に見守れる心を持つこと』医療従事者とは?お題からずれましたが、わたしには心に響きました。ありがとうございました!」
Jさん:「AさんBさんがそれを教えてくださいました。悩みながらもともに歩む仲間がいることが有り難いです。つまずいた時や悩んだ時は相談させてください。」
一人のメンバーの「共にいる仲間がいるのは有り難いです・・・walking togetherの仲間に感謝」のことばは、心を開いて共に歩もうとする仲間の有益さを語ってくれている。
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by pastoralcare-jp
| 2015-08-18 15:47
| 勉強室